熟女姉さん女房

熟女の姉さん女房は絶対に良い!

過去に8年の交際期間を経て結婚をした「熟女姉さん女房」との思い出を紹介します。

 

思い出なので既に彼女との関係は破局しているのですが、最後まで良い状態で別れたので現在でも数年に一度は顔を合し近況報告をしあう仲です。

 

僕が28歳の冬に始めたアルバイト先で当時40歳の熟女の彼女と出会いました。

 

初めての業種でのバイトで何も判らない僕に、何日か先に入った先輩アルバイトスタッフであった熟女の彼女がコーチ役として付いたのがキッカケでした。

 

まだ社会経験も浅い僕にとって彼女は時に人生の先輩として、時には少し年上のお姉さんとして接してくれたのを覚えています。

 

知り合ってすぐに交際が始まり数ヵ月後には同棲生活が始まりました。

 

既に実家を出て3年程一人暮らしをしていた熟女の彼女は、家事全般をそつ無くこなし僕にとっては降って沸いた「新婚生活」のような生活でした。

 

当時の僕は経験も無いのに「役者になろう!」と若者らしい向こう見ずな夢を見ていて、彼女は有名アーティストの全国ツアーのバックダンサーとして、舞台に上がり始めたばかりのプロダンサーの卵、ダンスで食っていける様になる事を夢見ている、そんな二人でした。

 

彼女は舞台人の先輩として沢山のアドバイスや関係者を紹介してくれていたのですが、僕の描いていた夢は余りにも幼稚で現実性に乏しかったので、二人の意見が衝突する事も間々在りました。

 

それでも、彼女は僕の希望を最優先にしてくれ、影となり日向となり支えてくれました。

 

芸能界というのは非常にシビアで結構残酷な世界なんだ、という当たり前の事が判って来た頃から僕の生活は、少し荒れて彼女を悲しませる事が続きました

 

僕も自分の身の丈に気がつき、役者になるという無謀な夢から、飲食業界で挑戦してみたいという少し現実味なある夢にシフトして修行に励むようになりました。

 

技能コンペなどに出場し、ちょっとしたタイトルを取れるようになって少しずつ自分の名前が売れ始めて僕が有頂天になっている頃、彼女はダンスの道を諦めました。

 

「自分が表に出て行く事より、あなたの可能性をサポートして生きていきたいから。」

 

(自分の才能と可能性を死ぬまで追求していくべきだろう!)が信条の僕には、彼女が日寄ったとしか感じなかったからです。

 

熟女の彼女から逆プロポーズ

結局、飲食業にも飽きてしまい新しい進路を探しあぐねている僕に彼女は「結婚」のアプローチをしてくれました。

 

「もし航空機事故に巻き込まれて二人が一緒に死んだとき、結婚してれば二人の遺体は並べてもらえるけど同棲じゃバラバラになっちゃうよ。」

 

この言葉で僕は「姉さん女房」を娶ることを決めました。

 

結婚してから「普通の家庭」を目指した僕は、夜の生活から昼間の生活に切り替えるべく転職し今まで経験しなかった普通の仕事に順応するべく四苦八苦していました。

 

僕の中では「結婚さえしなければ、知名度もあって住み慣れた業界で安穏と暮らしていけていたのに!」という感情が抑えきれず、妻になった彼女に辛く当たることも数知れずありました。

 

そんな仲でも彼女は「あなたが幸せになることが、私の幸せだからもし私の事を負担に思ったら言ってね。」と言ってくれていました。

 

そんな生活を3年程続け、僕も彼女も疲労困憊し精神的にすっかり磨り減ってしまい遂に僕は離婚を決意しました。

 

「独りになったら、バックパックを背負って旅に出よう」と決めて離婚手続きを進め、離婚後も日本出国までの1ヶ月半位を今までどおりに暮らしました。

 

出発当日の早朝、荷物を背負って駅に向かう僕を見送る彼女は聞こえるか聞こえないかの声で何かを話しかけました、振り返ると子供みたいに泣き崩れた顔で「いってらっしゃい、帰ってきたくなったら帰ってきても良いからね。」と言ってくれました。

 

あれから17年僕は今東南アジアのある国で暮らしています。

 

彼女も再婚して幸せな家庭を築いています。

 

たまの帰国には別れた嫁と会うことが僕の楽しみです。

 

本当は出発の朝、彼女が僕に何を言ったのか僕には聞こえていました。

 

「〇〇さん!行かないで!!」と。

 

姉さん女房は良いですよ、多分、絶対に。


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